テクノロジーが進化して多くの人ができることを奪うというのは、ぼくにとっては出来ることが増えるということ。

タイトルが長うざくてごめんなさいね。

ロボットや人工知能の進化は人間の仕事を2025年までに奪い尽くすのか?

あと10数年で人間の仕事を奪い尽くすかどうかはぼくにはわからない。けれど、確実に未来はそうなるだろうと思っているし、ぼくはそれについて割と楽観的というか望ましいと思っている。

なぜかと言うと、人の手でやることが減れば減るほど、ぼくという障害者にとって自分一人で解決可能なことが増える、つまり自分でできることが増えることと同じだと考えているからです。

Googleのハル・バリアン氏は、「『仕事』というものが反復する必要のある不快な作業を意味するなら、ロボットやAIの進化によって人間は仕事を奪われるかという質問の答えはイエスです。掃除機や食洗機の登場によって『仕事』が奪われたように、今後もそうなるでしょう。そういう意味で、仕事を奪われるという状況は歓迎すべきことです」と述べ、仕事の時間が減ることで仕事に縛られない余暇が増えるだろうと予想しています。

例えば、ぼくは生活する上で、入浴に関してはヘルパーを利用しています。介護ロボットが普及すれば、決められた時間ではなく自由な時間に入浴するという自由を得られるし、誰かに負担をかけているというモヤモヤさからも解放されるわけです。(ぼくは図々しい人間なのでそこまでナイーヴになることはないけど、それでもやっぱり介護は大変。)ヘルパーという雇用はなくなるけど、社会全体でみればやっぱりそれは良いことだと思う。

Googleの自動運転車だってそう。車の登場によって、人間は自分の足だけでは到底いけない場所に、自分一人の力だけで行けるようになったけど、ぼくの場合、車の運転は出来ないので、まだその恩恵は受けれていない(もちろん誰かの運転によって間接的には受けてる)。けれど、自動運転車が普及することで、ぼくにも車が「足」として機能してくれて、行動範囲はすごく広がるだろう。方向音痴だって治るはずだ。

今、自動運転車で言われてる不安や批判だって、結局は慣れの問題じゃないかと思う。その昔、車が登場した時だって「人間は機械に頼らず自分の足(もしくは飛脚、または馬)で歩くべきだ」みたいな批判や車に対する恐怖は絶対にあったと思うんだけど、現代でそんなことを言う人はほとんどいない。そして自動車事故のほとんどがヒューマンエラーによるものだと考えると、自動運転車は交通死亡事故も大きく減らしてくれると思う。

未来を予測した時に、良い方向にも悪い方向にも極端なイメージを思い浮かべがちだけど、実際はそんなユートピアでもなければディストピアでもないと思うし、新たな問題を抱えながらそれでも少しずつ良くなっていくものだと思う。だからぼくは、あまり「人間らしい」とか「あるべき姿」に囚われ過ぎずに、新しいテクノロジーや考え方に対してポジティブでいたいと思うのであります。

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