「心を込めない感謝」をすることの大切さ

ぼくらは何かしてもらったり助けてもらったりしたら「人に感謝しましょう」ということを教えられます。一般的な意味で、ぼくもそれは大切で大事なことだとは思うのですが、一方で自分が障害者として生きる上において「感謝しすぎないこと」も大事だと思ってるわけです。

障害者や病気になったりすると、普通の人だと簡単に出来ることの多くが、その人にとっては出来ないことだったりします。人の手を借りなければいけない機会が健常者に比べ、圧倒的に多いわけです。ということは多くの人に比べて「ありがとう」や「申し訳ない」と言う機会(回数)が自然と多くなります。

しかし、その機会があまりにも多すぎると、「ありがとう」という言葉が感謝を伝える意味ではなく、本来の意味からどんどん遠くなっていって、ネガティブなものになっていくような気がするのです。そりゃそうです。ドアをいちいち開いてもらう度に心底感謝したり悪いなあと思っていたら身がもちません。「みんなにこんなに助けられて自分は生きている」という自覚が強すぎると、それがいつの間にか「自分は迷惑な存在だな」という意識に変わっていってしまう。これはよろしくない。

というわけで、自分は普段からなるべく感情を込めない「どうも」や「あーすいません!」と言った軽いタッチのペラッペラのコート紙のような感謝を心がけているわけですが、こういう割り切り方はぼくのようにある程度性格が悪く無いとなかなか難しいんじゃないかという気もするけど、やっぱり自分にとっても親しい人にとっても、結構大事なことだと思う。

ちなみに自分は何故かよく人に道を尋ねられたりするんだけど、それに答えるのが自分ができることの1つなので、断らないようにしてます。どんなに急いでいても断らない。かなりの方向音痴だけど断らない。ぼくは見知らぬ人にドアを開けてもらったり、段差をもちあげてもらったりすることもよくあるけど、自分だって色んな形で人に何かを返すことはできるから、感謝であれ申し訳なさであれ、そこに重々しい感情はいらないんじゃないかと思うわけです。

いつでもどんな時でも、全力で気持ちを込めて「ありがとう」や「すいません」を言い続けるよりも、その分、自分もどこかで(直接的かは間接的かは置いといて)誰かに何かを返して行こうという意識や行動を大事にしていきたいし、どんな障害があっても何かは出来るはずだし、出来ないことよりも出来ることに自覚的でいたい、ということでござる。

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