障がい者が障がい者にインタビュー

っていうのをやってみたくて、先日、ツイッターのフォロワーさんに声をかけてみたら快諾してもらったので、実際やってみた。…んだけど、あまりにもわたしの掘り下げ方や話のもっていき方が下手すぎて(そして自分が喋りすぎ)て、公開をためらってたんだけど、まあいいやと思って、公開してみます。未熟さゆえの話が盛り上がりきらない寸止め感をお楽しみください。
今回、話を伺ったのはミオパチー、ニューロパチーという障害をお持ちのrefさんです。

よろしくおねがいします。今日はいきなりのご相談にも関わらずありがとうございます。今回なんでこういったことをお願いしたかといいますと、従来はマジョリティ、ようは健常者の方がマイノリティに対してインタビューするってスタイルがほとんどだと思うんですけど、これだと結局当たり障りのない話で終始してしまうんじゃないかなあと思いまして。

refさん 確かに、突っ込んだ部分はわかりにくいかも知れないですね。

それであればマイノリティがマイノリティを取材したほうが、より色んなものがみえるんじゃないかというのがざっくりとした趣旨です。というわけでぼくは極力客観性を意識しつつ突っ込んだ話をしなきゃいけないので、しょっぱなからうまくできるか心配ですが…。

refさん 承知致しました。可能な限り実直に答えようと思います。

ありがとうございます。それでは早速本題にはいらせていただきます。えーまずは出せる範囲で構いませんので、簡単な自己紹介などをしていただけますか?年齢、住まい、職業、障害の中身など。

refさん 神奈川県在住で、今年から大学院2年生です。障害は、全身の筋力の低下と四肢末端の感覚障害で、現在は歩けないので電動車椅子で通学し、ほぼ24時間人工呼吸器を装着しています。座位の状態も常に左腕で体重を支えています。

大学はどこでどういったことを勉強されているのですか?障害は障害名で言うと?後天的なものですか?

refさん 大学名はW大学でコンピュータ計算を用いた化学反応の解析をしています。障害名で言うと「ミオパチー」と「ニューロパチー」です。幼少の頃からうっすらと障害の兆候はありましたが、一番最初に大きく障害となったのは小学5年生の時に、足のかかとが地面につかなくなった(尖足)ことです。

大学に入学される頃にはもう障害がかなりあったのですね。これは進行性の障害で、これからも更に悪化する可能性があるのですか?

refさん 大学入学時は、左手で杖をついて自立歩行で通学していました。大学1年の後期から電動車椅子の使用、2年生の夏前から人工呼吸器を24時間付けるようになり、今後も悪くなっていくことが想定されます。

ということは今後も悪化していくと命に関わるというかそういうかんじなんでしょうか?

refさん その可能性もあります。主治医いわく、僕の症状は世界的に見ても症例が少なく、判断が難しい面があるということです。

なるほど。ぼくは幸いにして命に関わったりするような障害ではないので、この点は多くの人と同じような疑問をもってしまうのですが、そういった状態の中でモチベーションが沸かないかったり、しんどいなって気持ちであったり死に対する恐怖ってありますか?

refさん 特に学部時代は色々と思い悩むことも多かったです。同じ大学の仲間はバイトしてサークルして大学生活を満喫していましたが、僕には苦行でした。今でも「死が怖い」一方で「生きている価値があるのか」という矛盾を含んだ考えを自分の中で消化しきれていませんが、人間誰でも最後は死んでしまうので、それが遅いか早いかは神のみぞ知ることで、あまり思い悩んでいても建設的ではなく、生きている間は最善を尽くそうと思っています。

「生きている価値があるのか」っていうのは他の人と比べてできないことが多い自分が嫌だという意味で、ということですか?

refさん そうですね。普段の生活の上でも他の人の協力がなければできませんし、仕事のパフォーマンスも他者に比べれば劣っていると思います。他の人に比べ「ポンコツ」であるとは思います。

なるほどなるほど。例えば部分的に(学力とか)refさんよりポンコツな人も世の中には大勢いるわけで、そういう人よりもトータルでみると劣っているとこが辛い、といったかんじですか?

refさん そうです。身体が動かないというのは致命的な欠陥であると感じていて、トータルで見ると劣っていると感じます。というのも、ほとんどの企業というのはある程度の「健康」は採用の前提条件であり、社会的に貢献するのに必要不可欠な部分であると思っています。

そこの点、ぼくは前々から思ってるんですけど、単純に物理的な制約によるコンプレックスって大きいですよね。テクノロジーや制度の発展って差別とかコンプレックスにすごく直接関わってきますよね。例えば今の世の中って通勤が当たり前ですけど、これが在宅勤務が当たり前の世の中になったら、1つ制約がなくなった分コンプレックスというか大変なストレスもなくなるわけじゃないですか。自分も電動車いすっていうテクノロジーがなかったら、今と同じような生き方や選択ってできなかったと思うんですよね。
そういう意味で、障害とか差別の話ってやたら心とかそういうった面にばっかスポット当てるんですけど、そこはぼく違和感があるんですよね。人の心(優しさ)に左右されるようなシチュエーションって少なければ少ないほどいいはずなんです。その点について、どう思いますか?

refさん 医療の進歩や技術の発展によって、障害のある方の選択肢は次第に増えてきていると思いますが、「それが十分であるか」と問われると、答えはNoだと思います。まだ過渡期の段階にあると思いますし、もっと柔軟な思考を持って社会づくり、システムづくりをすれば、活躍の場はさらに広がりを持つと思います。

refさんご自身は院を卒業されたら、どういった進路を考えているのですか?

refさん 正直に答えますと、明確なビジョンを持っていません。一番なりたいものは研究員なので、そのために「箔がつく」博士課程への進学をします。もし研究員になれなかった場合、短時間の事務仕事、あるいは、ずっと家で暇をしている状態になってしまうと思います。

今、研究されてる内容ってご自身の障害とかに関わってくるもの(直接的か間接的かは別にして)だったりするんですか?

refさん いいえ、全然関係ないことです(笑)障害があるから障害を研究したい、とは思いませんでした(笑)

それ大事だと思います。恋愛とかはどうですか?

refさん 恋愛ですか、高校は男子校でしたし、大学は他の学生と遊ぶ体力がなかったので、浮いた話は一切ないです。現状だと、恋愛に体力を使うと研究まで回らなくなるという懸念もあります。

これは真面目な話なんですが、とはいえ男性なんで欲求はあるわけじゃないですか。その欲求への対処というか解消方法みたいなのってrefさんの障害だとご自身では難しいんですか?周りくどい言い方をしてますが、ようは自慰行為とかの話なんですけど。

refさん ぎりぎりで自分で行えてます(笑)ただし、ズボンとか体にひっかかると後処理できないので、ベットの上でティッシュをうまく使ってやってます。

リアリティありますね(笑)あと、もう一点は気持ちのどこかで自分が恋愛やセックスすることへのあきらめとかもありますか?

refさん ありますね。もし、相手と恋愛して結婚しようという段階になったとき、相手に負担をかけるのは明白で、そうなると自分自身も心苦しいです。好きな人にはできる限り幸せになって欲しいですからね。

そこはもっと気楽にいけば、とかぼくは思っちゃうんですけど、なかなかそうもいかないですか?

refさん なんでしょうか、自分が安定した収入を得られるか分からないですし、子供の学費を捻出できるのかも自信がないですね。

まあ、でも付き合うだけならそこまで考える必要もないというか。余計なお世話でしょうけど…

refさん 善処します(笑)

ホーキング博士とかバツ2とかじゃなかったでしたっけ?知らないですけど(笑)

refさん 僕もわからないですけど、頑張ってますね(笑)「宇宙に行きたい」って言っちゃうような人ですしね。

かっこいいですよね。でもまあ、話を戻すと、やっぱ相手に負担をかけるのが嫌っていうのは、みんないいますよね。ぼくも幼少の頃はそう思ってたんですけど、年々開き直りっていうか別の部分で頼りにされるような部分があればいいじゃん、みたいな感じになったんですよね。だから単純に物理的な制約の絶対量ってデカいなっていう。

refさん 頼ってもらえるような人間になれるように精進します(笑)

あと、もう一つ障害者の制約って意味で大きいのは、「自分の味方(家族)」だったりすることはないですか?感謝してるからこそ、この人達のためにがんばろうって意識が強くてなかなか自分に正直になれなかったり。その点はどうですか?

refさん もちろん、家族のために頑張らないといけないという気持ちも強いです。すごく感謝しています。しかし、ある程度は正直に打ち明けないと、効果的なヘルプは受けられないですよね。でも、強く言い過ぎると、逆上されて助けてもらえなくなることもあるので、言い方悪いですが、「さじ加減」と言ったところでしょうか。「頑張る」ことと「無理をする」というのは履き違えないようにする必要があると思います。

なんというかぼくの勝手な願望というかぼく自身が意識してることでもあるんですけど、恋愛とかそういうことも含めてrefさんみたいな人がもっと好き勝手に自分本位にわがままに生きたらいいのになあとか思ってるんですよね。相手の負担もちょっとは考えたほうがいいとは思うんですけど、こう「そこまで考えなくても」ってぼくなんかは思ったりするんですよね。
もちろん体力的なキャパとかもあるとは思うんですけどね。

refさん 病院のOTの先生にも似たようなこと言われました。

そういう人が増えれば増えるほど世の中のバリアフリーとかもテクノロジーも発展していくような気がするんですよね。

refさん 重度の障害を持ちながらも、社会で頑張って働けば、その後の時代の障害者の人たちが楽になると思います。僕が頑張らないと、ですね。

他の障害者のためじゃなくて自分のためでいいんだと思いますよ。

refさん もちろん、自分のためにも、ですよ。

自分9:社会1くらいの割合でおねがいします(笑)自分のために生きた障害者が大勢いた結果として、社会がよくなる、でいいと思うしそれが多分一番の近道なんですよね。

refさん その通りだと思います。みんなが自分のために生きて、その結果、社会全体が良くなれば最高ですね。

今日は本当にありがとうございます。まだどのタイミングでどういう風にアップするかは決めてないんですが、掲載させていただきますね。それでは、本当にありがとうございました。ゆっくりお休みになってください。では、また。

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