大人のイジメも子どものイジメも常に「関係のない人たち」が事態を悪化させている。

イジメについて。
まあ、タイトルで言いたいことの半分くらいは言ってしまってるんだけど。

大人のイジメの場合、大抵そこには「正義感らしきもの」が存在してる場合が多くて、子どものイジメの場合は、「おもしろさ」とか「みんなにウケるかどうか」みたいなのが多いと思う。そういう違いはあるんだけど、まあ根本的にあまり違いはない。

ぼくが一番最悪だと思うのは、社会で何か事件が起きたりしてメディアで煽り真っ最中のとき、自分の人生にほとんど何の影響もない人たちが「許せない。責任は重い。」とか言って、いざその対象者が死んだりした途端に「ショックだ。メディアの責任云々~」なんて言い出すのはほんとにベーシックにクソすぎて嫌いなわけです。「許せない。」とまでいってるのに、死んだ途端にショック受けて、「自分の傷」にしてしまうというのはあまりにもムシが良すぎるでしょうと思うわけです。ほんとにショックを受けてるわけではないんだろうけど。

これって、子どものイジメで加害者が「まさか死ぬとは思わなかった。そういうつもりじゃなかった。」と言ってるのと全然変わらないわけですよね。

何を批判しようが誰を嫌いになろうが、それは止めようがないし、また必要な時だってあるでしょう。でも、いじめの本質って結局はAがBを「あいつはダメだ、クソだ、嫌いだ」って言い出すことよりも、そこに簡単に乗っかるEとかFとかGとかが「いじめ」という状態にして、事態を悪化させるわけです。だから「いじめ」ってその内容が正しいかどうかって関係なく起きてしまうことなんで、失くすことが困難なわけです。

それがどんなに丁寧な言葉であっても、「自分は誰かからみたら残酷なことを言ってる」っていうハードルを設けておかないと、自分にとって本当は関係がなくてどうでもいいことのはずなのに簡単に乗っかっちゃってしまうんだと思うんですよね。

LINEがどうこうネットがどうこう匿名がどうこう言葉遣いがどうこうの前に、誰かの批判に簡単に乗っかる人たちって、自分の残酷さに無自覚すぎるので、そこをどうにかしたほうが良いんじゃないのって思うわけです。

という、ありきたりな話でござる。

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